街のサーバーとして

結城の街にサーバーを据える

結城の街は関東平野のほぼ中央、鬼怒川中流の右岸に位置し、かつては江戸と北関東を結ぶ水運の拠点として栄えた。その中心市街地は江戸時代初期に都市計画に基づいて形成された。戦災を免れた街は、享保年間の「下総州結城絵図」に記された町割りを踏襲している。

敷地は「湿辺(しべ)」という字名の通り、かつては市街地の外れであった。明治時代に鉄道が敷かれて街の玄関の役割を担うことになったが、自動車交通の発達に伴って駅前の価値は薄れ、市街地は沈滞化の途を辿ることになった。
結城市民情報センターは、JR水戸線の結城駅前に図書館を中心とした公共施設として計画された。図書館の集客力を活かして、この街の中心地の活性化を図ることが目論まれた。

結城の人たちは今も江戸時代の町割りの中に生活している。それは400年に渡って引き継がれてきた独自のネットワークを維持していることにほかならない。設計にあたって、僕たちはそのことに着目した。そして、中心市街地のターミナルに位置する市民情報センターを、リアルなネットワークと現代的な情報ネットワークを重ね合わせたローカル・ネットワークのサーバーとして機能させることを企図した。

サーバー自体が人びとの目的に対して直接的な働きをするわけではない。けれども、さまざまな「もの」や「こと」を集積し、流通させ、それらを人と結び付ける役目をする。ここを起点とする人びとの動きこそが、街の活性化であると考えた。

マザールーフ/2ステップス・コンストラクション

屋根は、建築が占領する領域を示す。
可能な限り大きな1枚の屋根を架けることにより、地面の大きさと建築という一致性を示し、さまざまな間をこの1枚の屋根の下に設けた。

外部のひろばがあり、その先にいくつもの用に供する場がある。それらすべては、人が情報を集積し、交換するためのものである。ガラス張りの外皮により内部の様子は外部に公開され、オープンスペースと吹き抜けによりほとんどの場所が“見る”“見られる”関係にある。そこにいる人と人の行為はここに集積された情報であり、メディアを扱う市民情報センターは人を交流させるメディアであると考えた。マザールーフはそのアイコンの役目を担うものである。

一方、建築はそこでの行為を前提として組み立てられる。しかし、現実になった途端、展開される行為は所期の想定を裏切り、企図さえも変容していく。なのに、建築は往々にして完結することが求められる。

アクティブに流動性に維持し続ける建築はできないものだろうか?行為の変容を許容する建築を意図して「2ステップス・コンストラクション」という手法を考えた。

ファースト・コンストラクションは、外界から囲い取られたオープンでフラットな床と床を支持する構造体を基本とする。そこに通信経路とエネルギーを供給することによって、市民の活動のインフラストラクチャーとしての役目を果たす。大枠を規定しているが、目的に対して適合することはなく、完結していない。

けれども、インフラだけで用途目的には適うことはない。建築が有効に稼働するために、家具や仕切りなどのセカンド・コンストラクションを用意する。ファースト・コンストラクションとのコンタクトを持ちながらも、自立的に組み立てた。それらは、将来における撤去・移動・付加・交換を可能にしている。

結果、この建築はルーズに組み立てられた。スタートに際してベストな状態である以上に、ずっとベターな状態であり続けることを意図してのことである。

市民情報センターの意味

情報という言葉は、甘美な響きを持っている。けれども、ある人に有益な情報が万人に有益であるわけではない。受信者の感官によって情報として認知されるから情報となり得るのである。

そのことは、「情報とは誰のためにあるのか、何のためにあるのか」ということに行き着く。希望を持って未来を描き、夢に向かって前向きに生きていく人のためにあるのだと思う。この市民情報センターが、この街に住む一人ひとりが未来に夢と希望を持って前向きに生きるための一助となることを切に願っている。

益子一彦/三上建築事務所
新建築
2004年10月号
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